2014年5月11日日曜日

やしろと女医さん



「先生、奇遇ですね。」

馴染のBAR。
いつもの決まった席へ通される途中、カウンター席に見知った顔を見つけ、声を掛けた。
チョコレート色の肌の、美しい女性。
彼女は時折組の連中が世話になっている女医だ。
つい先日も、ヤシロ自身が診察を受けたばかりだった。

「…あら。今晩は。珍しいのね。今日はお一人?」
「ええ、偶にはね。先生こそ、お一人で?」
「ええ、偶にはね。」
「御隣、いいですかね?」
「どうぞ。」

 悪戯っぽく微笑む彼女に魅かれ同席の許可を願えば、 それはすぐ快諾された。
席に着くと、アキダクトを注文する。

「…彼は?いいの?」

彼女の視線が、ヤシロと共に入って来た男をちらりと伺う。
男は二人が共に席に着くのを見ると、少し離れたボックス席に一人で着いた。

「アレは私の子守りでね。こうして素敵な女性と二人きりで逢瀬をすることもできない。不便なモンですよ。」 
「…お噂は聞いているけれど。女もいけるのね?」
「まあ噂通りですがね。でも先生程お美しい方なら、男は誰だって飛びつくでしょう。」
「そう?ふふ…悪くないわ。顔も好みだし。」

形の良い唇が美しい弧を描く。
細く長い指先が、その口元にグラスを運ぶ様が何故か扇情的に写った。

「光栄です。…この間はつれませんでしたが。」
「仕事中だったでしょう?だめよ。」
「それは失礼しました。…では、今夜は?」
「そうね、酔うまでに貴方が楽しませてくれたら、考えるわ。」

バーテンが酒をカウンターに差し出すと、彼女が自分のグラスを掲げた。
グラスとグラスを軽くキスさせる。
小気味よい音を響かせて硝子が鳴った。

「では、頑張りましょう。」

2014年4月6日日曜日

2014年2月5日水曜日

花に嵐の

雨が強く窓を打つ。
春の嵐に散り散りになった花弁が、哀しそうに硝子に張り付く。
未だ帰らぬこの部屋の主を待つ。
薄れ始める残り香。
「ただいま」はまだ聞こえない。