「まぁったく…何やってん」
ぽてぽてと歩く黒い毛玉に呆れた視線を投げて盛大にため息をついてやると、黒い毛玉は尻尾をピンと立ててワァウ!と甲高い声を上げた。本人としては立派に威嚇してるつもりなのだろうが、傍から見れば動く毛玉に過ぎない。
数日前全身全霊をもってあの陰陽師を殺してやるのだと勇んで出かけたはいいが、戻ってみれば怪我をしているどころか、呪によって妖力を封じに封じられころっころの仔狼になっていたのだった。
そんな毛玉─もとい七尾を片手でつまみあげ、膝に乗せる。
じたばたと暴れる七尾をひっくり返して腹を撫でてやりながら、はてどうしたものかと、邑伺は思案した。
呪はいわば雁字搦めになっている紐のようなもので、どこから解いていくかですんなり解けるか、はたまた更に複雑になってしまうかが分かれる。
本人が力任せに破るのを待っていてもいいが慣れぬ毛玉っころに家中後ろをついて回られてもどうにも気が散る。
「こんな使えへん式はいらへんぞ」
そういいつつも、撫でる手が優しくなってしまうのは仕方がないことで。
脳みそまで幼くなっているのではないかという動きをしている割には、こちらの言っていることはしっかり理解しているらしく、七尾は腹を揉む手を前足で捕まえるとガジガジと噛みついた。
肉球はふにふにと柔らかく手のひらを揉んだが、やはり小さくても狼は狼のようで、牙はそれなりに痛い。
「あーほら、痛い痛い。大人しゅうしとれっつーに。戻りたくないんか」
そういうと七尾はグゥウと呻って大人しくなった。
これはこれで案外可愛いかもしれない。
そんなことをほんの少し、少しだけ思いながら呪を解き始めたはいいものの。
「……こら結構時間かかりそうやな。」
例の陰陽師がどの程度の時間をかけてこれをコイツにかけたかはわからないが、少なくとも七尾が戻らなかった時間よりは倍の。
それくらいの時間がかかるだろう。元々呪はかけるよりも解く方に力がいるとはいえ、二十か三十か─以前陰陽寮ですれ違った時に見た時にはそれくらいの齢に見えたのだが─そこいらの人間の小僧に出来るまじないとは思えない。
「……ありゃあ俺より変なモン喰ろうてるかもしれへんよ。あんまりちょっかいださんときや」
そういって青い瞳を覗きこもうとしたときにはもう、すぴすぴと鼻を鳴らして眠りこけているものだから、邑伺はもう一度盛大にため息をついて、ピンと小さな黒い鼻先を小突いてやった。
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