2013年6月24日月曜日

西瓜




夏の日差し降り注ぐ畦道。
両手に一つづつ、西瓜を抱えて、よたよたと邑伺は歩いていた。

昨晩とある貴族の屋敷に呼ばれ、物音を立てるだとか、ものを隠すだとかの悪戯をしていたモノノケを追い払ってきたのだ。
日が高くなって気温が上がる前に帰ろうと、礼の朝食も断り出てきたその帰り道、西瓜を積んだ荷車に遭遇した。
それがまあ、とんでも無く沢山積み上がっているものだから、荷車の主人が顔を赤くしたり青くしたりして引いたところで最早びくとも動かない。
何故そんなに積み上げたのかと尋ねれば、最初は20玉程だった西瓜の玉が、道を行く程増え出したという。終いには荷車が地に沈みかける程増えて途方に暮れていたのだと。

あんたここらで有名な陰陽師さまだろう、助けてくれと言われれば、無碍に断ることも出来ずに助ける羽目になったのだが、この西瓜を増やしていたモノノケが地味に厄介で、漸く納めた頃には既に日は天辺まで登ろうとしているところだった。
更にはこの主人が、これ以外に礼が出来ぬからと、しつこく西瓜を勧めてくるものだから、両手に一つづつ、ふた玉も持ち帰る事になったのだった。

両手に重たい西瓜を抱えて、涼し気な表情を作るのも辞めて、汗だくになりながら漸く家にたどり着くと、袖に隠れていた管狐が一匹飛び出した。

「西瓜運ばせるから、アイツ呼んできいや」

玄関先に西瓜を転がしそういうと、管狐は頭を縦に振ってキィと短くなくと、泳ぐように宙を駆け家の奥へと消えて行った。

管の戻るのを待つでもなく、兎に角暑いと、見栄えのいい、夏には少々厚手の狩衣を玄関を上がりながら脱ぎ捨てる。
足袋も、帯も廊下に放り投げ、上半身裸になりながら部屋へ上がると、管が困ったような様子で戻って来た。

「どないしたん」

尋ねれば前足で半分閉じられた襖の奥を示している。
先導する管の後を追って覗き込めば、邑伺の口からは深いため息が漏れた。

部屋の中に転がっている、真っ白い体。
それは一糸纏わぬ姿で、けれども何故か頭には邑伺が家でいつも羽織っている着物を被っている。
耳を済ませば心地よさげな寝息がスースーと聞こえてきた。

「……何やってんお前は」

羽織を顔から持ち上げると、眩しそうに眉を寄せて裸身の男が呻いた。

「……んぁー…ぁ、あ?あぁ、おかえり」
「おかえりちゃうわ。お前は何してん。」
「何って昼寝してた」
「何で頭に人の着物被ってんや。大体家の中だからって、真っ裸で大の字で寝るなや。それやったら狼の姿でおれや」
「いーだろ別に。お前が出来るだけ普段から人の姿でいる練習しろっていうからわざわざ人の姿寝てたんだ。解けてなかったろ?服まで作るのは面倒くさい。し、こっちのが涼しい。それにお前だって似たようなもんだろ。」

俺は今脱いだんや。お前、耳はついたままやけどな。と、起き上がっても服を着るつもりはなさそうな七尾の黒い頭を乱暴に撫でる。

褒められたわけでもないのに、ふふんと自慢気な七尾に苦笑して、定位置である柱に凭れて座りこみ、玄関に転がしたままの西瓜を思い出した。

「ああ、土産があるんや…土間に置いてきてもうた。井戸で暫く冷やした方が美味いやろな。俺は疲れたから、取ってきい。」
「お!いいねえ、なんだ?なんだ?」

裸のままかけていく七尾の背を、管が邑伺の羽織を咥えて追いかけて行く。

止めるのも諦めそれを見送って、邑伺は庭に目をやった。

一緒に種を蒔いたひまわりの黄色が眩しく、食えると聞いてどこかの山から七尾がとってきた鬼灯が膨らみはじめていた。元々草花は好きで、色々持ってきてはいたが、この庭も益々賑やかになったものだ。
目にも耳にも。

昔は煩いと思っていた蝉の声も、今では気を向けなければ気づかない程、家の中の方が賑やかで。

「桶に二つ乗らねえんだけど!!」

庭の隅の井戸で、西瓜を一度に二つ冷やそうとしているのだろう七尾の悪戦苦闘している声が響く。

慣れてしまった賑やかさに包まれて、邑伺は短いまどろみに沈んだ。

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