2013年2月7日木曜日

Answer1

七尾さん蛇に齧られる!の巻


歩き慣れた道を歩く、深夜。赤い月の夜。
煙草をポケットから取り出そうとして足を止め、
ふとそれが見慣れた景色とは違う様相であることに気づいた。
誰もいない。
いつもはこの時間であってもそれなりの人通りがあるこの路地に、
今夜に限っては猫の子一匹すら見当たらない。

背筋を這う嫌な予感に目を細めて周囲に気を配る。
繁華街の裏手だというのに、物音すらしなかった。

「…くせぇ。」

真冬だというのに頬を撫でる生温い風に、腐肉の香が混じる。
路地の先に揺れた人影に意識を逸らした瞬間、足元がぐらりと揺れ、
昏い地獄からの腕に、抵抗する間もなく腕も足も絡め捕られると、
口を塞がれ、目をを塞がれ、声一つあげることもできぬまま闇に呑まれた。


===


─ジジ.....

切れかけの電光掲示板が瞬く、見知らぬ路地。
寸瞬の間か、長い時間が経ったのかは分からない。
体はまだよくわからぬ影に縛り付けられたままで。
もがいてもビクともしないそれに、抵抗も諦めて虚空を見上げた。

「あはは!」

気配などなかったくせに、響いた声に自分の肩が小さく跳ねて、
思ったよりも自分がこの状況に恐怖していることを思い知らされた。

得体のしれぬ、圧倒的な力に抗った所で無駄だ。
目的は知らないが、勝てぬと分かれば大人しく諦めて死を待つが楽。
声の正体を知りたくもないと、振り向きもせずに処刑の時を待ったが、それは一向に訪れず。
何時の間に寄ったのか、首を撫でた冷たくしっとりっとした手の感触にぞくりと肌が粟立った。

「怖いですか?大丈夫。君の大事なお友達を呼んでおいたので、きっとすぐに助けにきてくれますよ。すぐにね。ほら、大きな声で叫んでみてはいかが?」

耳元で囁きかけられた言葉。
それは死よりも俺に絶望を贈りつけた。

「……ふざけんじゃねぇよ。」

「ふふ!やっと喋ってくれましたねぇ。ほら、呼んでごらん。助けてゆう─」

「黙れ。」

その声が誰の名を言おうとしたか知って、吐き捨てるように遮った。
その無邪気な声は、聞き覚えがあるようで、けれどどうしても思い出せない。
不愉快な煽りと、どうにもできない無力感に苛立ちだけが募る。

アイツは来ない。来なくていい。こんな分かりやすい罠にかかるほど馬鹿じゃない。
アイツを誘き寄せて何がしたいのかは分からなかったが、釣り餌にされるのはまっぴら御免だ。

黒い影がゆっくりと背後から俺の前に回った。
電飾の灯りがあるはずなのに、その姿はそれ自身が影であるかのようにゆらゆらと滲んでいて、境界がはっきりとしない。
影が揺れて、何かを向けられた。そう分かった時にはパァンと乾いた音が鳴り響き、激しい痛みが太ももに 走った。

「……っぐ…!」

あいつが来るまで甚振るつもりらしい。
受けて立ってやる。
悲鳴などあげてやるものか。
今度は肩口に向けられた銃口に、俺は笑ってやった。

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