2013年1月20日日曜日

【7】 オオカミと狐の出逢い


吐いた息は白く空に溶けて消えた。
頬を撫でる風は冷たく、どんよりとした雲がその重さ絶えられなくなれば、街は白く染まるだろう。
子供のようにわくわくとした気持ちを抱きながらも、降り出す前に篝の家に帰ろうと足を早めた。
けれど篝の家に着くよりも雲が耐えきれなくなる方が早かったようで、信号待ちの間に空はぼたぼたと牡丹雪をばら撒き出した。

「げぇ…まじかよ。」

悪態をつきながらコートのフードを被って駆け出した時、ふと懐かしい香りがして振り向いた。
突然の大雪に慌ただしく動き始めた人の群れに、その香りはすぐに掻き消され、香りの主も見失ってしまった。

懐かしい香り。

けれどその懐かしさがどこからくるものなのか思い出せない。
暫くその香の主がさったであろう方を見つめていたが、諦めろと言わんばかりに風が雪を頬に叩きつけてきたので、舌打ちをすると踵を返した。

その香の主とは、数日後に出会うことになる。





数日後

煙草を喫おうとポケットに手を突っ込んで、煙草のケースを取り出す。
中を見ると空っぽで、道のど真ん中で盛大に舌打ちをしたら、花を抱えた女がびくりと跳ねて、さっと逃げるように駆けて行った。

『─これだから。』

弱弱しい生き物は大嫌いだ。
女だろうが子供だろうが、あるいは男でも。
湧きあがった嫌悪と不機嫌の虫達を吐きだすように、もう一度舌打ちして歩きだせばこれまたすぐに三度目の舌打ちをすることになる。

『…ついてねぇな。』

胸中でそう毒づいて見遣った視線の先には、人だかりのできた花屋。
先程怯えていた女もこの花屋の帰りだったのだろう。
その店先に集う客は女ばかりでどうやら男前らしい店員の一挙一動に、キャアキャアと湧いている。
耳障りな雑音を払うように頭をゆるく振ると、さっさと通り過リ過ぎてしまおうと歩き出す。
通り過ぎ際、なんぼのもんじゃい。と店員の顔を見てやると一瞬目があった。
一人きりで、わらわらと集る女性客達をあしらうのに忙しいのか、その店員はすぐに客達へ視線を戻して会話に戻る。
それだけなのに、何故だか足を止めてしまった自分に疑問を持ったが、こういう時は何かが気になるという、その自分の勘に従うに限る。
店先に近寄り耳を澄ませば、まだ店を始めたばかりらしいその店員に、どうやら花を買うより花の説明を聞くのだと称してその店員と話をしたいだけの客がわいわい集まっているらしい。
「不慣れでごめんねぇ」
と笑う店員が綺麗に包んだ花束を手渡せば、それだけで幸せそうに客の笑顔が咲いた。
その光景をフンッと小馬鹿にしたように笑えば、気づいたらしい店員がにこやかに笑いかけた。

「いらっしゃいませ~。男の人がうちに来るんは、珍しいわ。」

対して話を邪魔された女性客たちは一瞬不服そうな顔をするも、突如あらわれた花の似つかわしくない男が、やっぱり花に興味はないようすでまじまじと店員だけを見ているものだから、そのまま話を再開することもできぬ微妙な空気の中押し黙っている。

「…雑音が消えて丁度いいな」
「華の声は雑音なんかとちゃいますよ。綺麗やしょ?」

気まずくなった空気を打ち壊すように明るい声でフォローする店員へと押し分けるまでも無く開いた女性客の隙間を縫って近寄ると、その首すじに鼻を寄せる。
静まり返っていた女性客たちが背後で悲鳴だか歓声だか分からない声をあげるのも、その店員が制止するのも無視してしばらくくんくんと犬のように香りを嗅ぐと、満足して顔を離す。

「……お前だ。」
懐かしい香り

「…ちょっとぉ、お客さん、困りますよって。俺がどないしました?」
「うん」
「うん、やのうて…」
「じゃあな」
「お花買わへんの」
「あー?あー…次来た時な。」
「またくるんかry…いや、またどうぞ。」

女性客の手前、怒るわけにもいかないのか、それとも元からそうした性分か。
苦笑だけ浮かべて見送る店員の顔をもう一度だけ見てから店を後にする。
覚えた。
まだ後ろに聞こえる黄色い声も何もかも無視して、軽い足取りで街へと戻った。

見つけた。

何をかは知らない。
アイツが誰だかもしらない。
そんなことはどうでもよかった。
ただわくわくとした気持ちだけが膨らんだ。

三度の舌打ちのことは、もう忘れていた。

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